2015年12月アーカイブ

日本酒版ニコラシカ

皆さんは「ニコラシカ」というブランデーの飲み方をご存じだろうか?カクテルの一種なのだろうが、私なりに解釈すると、ブランデーの飲み方にカテゴライズするのではないかと思います。レモンスライスに角砂糖を用意し、私の場合、まずレモンスライスを口に頬張り、続いて角砂糖を口の中に入れる。口の中が渋甘い感じになった状態で、ショットグラスに入ったブランデーをストレートでクィッと一気に飲み干すのである。私にとっては青春の味である。ただ、私の場合は、これをジンで行う。若干アレンジがあるが、レモンスライスはそのままだが、角砂糖は黒砂糖の塊を使用し、ジンはタンカレーかボンベイサファイアで、いずれにしても冷凍庫に保管したトローんとなっているキンキンに冷えたものを使う。もう最高の飲み方で、一気にGO TO HEAVENである。友人とこのジン版のニコラシカを語らいながら楽しんだものである。まさに青春のニコラシカである。

 ところで、最近になって、日本酒版のニコラシカを発見した。というか、よくこの飲み方で妻と晩酌を楽しんでいる。ブランデーやジンのような強烈な感じではなく、まさに日本酒が引き立つ飲み方ではないかと自負するところである。こんな飲み方がすでにあるとするなら、第一人者ではないかもしれないが、ひょっとしたら日本では私が第一人者ではないだろうかと思っている(笑)。肝心の飲み方であるが、干し柿(出来れば市田柿)にクリームチーズをのせたものを口に頬張り、その口になった状態で冷たく冷えた日本酒を飲み干すのである。写真は今お気に入りの風の森(純米吟醸)である。少し微発泡の日本酒で、一番このニコラシカに相性が良いお酒である。どうぞ、騙されたと思ってお試しあれ。

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初めてのフルオーダースーツ

 50歳(ちなみに来年49歳)を目前にして、目標にしていた事があって、それは何かというと、テーラーでフルオーダースーツを作ってもらうことであった。憧れのゼニアのスリーピーススーツである。そして今日、それが実現したのである(嬉)。大袈裟と思われるかもしれないが、スーツなんて消耗品だし、そんなものに20万円も30万円もかけるなんて出来ないと思っていた。しかし、私の体型は特殊な体型なので、今まで体にフィットしたものをあまり着ることが出来なかったから、スーツ姿も見る人が見れば、恰好悪く映っていたかもしれない。185cmで70kgくらいなので、いわゆるノッポさん、恵まれた体型と言っていただけるが、首が細くて手足が長いから、首に合わせれば、袖が短く、手の長さに合わせれば首が苦しく、ウェストに合わせれば裾が短くと、どうしようもなかった。余談であるが、ジーンズなんて裾上げしてもらったことは一度もないし、下手すると裾が短くて購入を断念ということもあったくらいである。こんな経験から、既製服に碌な想い出がなかったのである。フルオーダーは私のために職人が作ってくれる世界に一つのものなので、初めて自分の体に合う洋服を着ることになるのであるから、今から出来上がりが楽しみである。

 採寸のとき、2人かかりでよってたかって私の体を前から後ろから横から斜めから写真を撮り、仮のスーツを着させて、メジャーで測るのであるが、2人の会話から聞き取れるのが、右肩が少し下がっているとか、左腕の方が少し長いとか、胸の形は良いとか、こむらが張っているとか、他にも色々なことを言っていたが、長年の姿勢の悪さからなのだろうが、体の筋肉の付き方で当然シンメトリーでなく、歪んでいるんだろうなというのが分かった。頸椎症を患うきっかけにこの姿勢の悪さが影響しているんだろうけど、ここ(テーラー)では、そんなことを注意しているのではなく、右肩が下がっているから、そこにパットを入れましょうとか、左腕が5mm長いから調整しましょうとか、要はスーツの着姿を洋服側で調整することだけを考えているのである。当たり前の話しなんだけど、テーラーさんは姿勢を正しなさいと言っているのではないから、余計に凹んでしまいました。

 最後に、お世辞なんだろうけど、「お客様は、洋服がとてもお似合いの体型なんですよ。」とお褒めの言葉を頂いた。この歳になって、そんな単純なお褒めの言葉を賜り、とてもうれしい気持ちになって、店をあとにするひーちゃんなのであった。(おしまい)。

開けられないでいる「完治ワイン」

 久しぶりに経過報告。タイトルにもしたんだけど、100%完治したら開けようと思って購入しているカリフォルニアの高級ワインが未だ開けられないでいる。完治という定義をどう考えたら良いのだろう。闘病記を書くきっかけとなったのは、ネットによる情報がきっかけで手術の方法が影響したり、心の支えになったりと、大きく自分の意思決定に資することになったことへの恩返しなんだけど、「完治」と宣言すると、嘘になるのか、それともこんなところで完治なのか非常に悩ましい。

 平成25年の6月に手術を受けたから、術後2年半が経過している。現在の状況はというと、最後まで残っている親指と人差し指の軽い痺れ感である。術前は筋力の著しい低下と指先の麻痺感、痺れがあったが、現在は筋力はほぼ回復していると言って良い。ただ、一度細くなった腕はなかなか元には戻らないみたいで、現在も諦めず筋トレを欠かさない日々である。と言っても術後の張りのない上腕に比べると、だいぶ回復したと思います。ただ、筋肉を太くしようと思ったら、スポーツジムなどに行った方が良いんだろうけど、そこまでのことは行わず、家で5kgのダンベルを使って筋トレを行う程度である。術後すぐは、左腕だけで5kgのダンベルを持ち上げられなかったのが、今では5kgのダンベルを30回×3セット持ち上げられるようになっているので、日常生活にはほとんど支障はない。指先の麻痺感はほぼ完治したと思う。若干の痺れが残っているので、麻痺なのか痺れなのか区別しづらいんだけど、鋭利なもので刺すと結構痛いから(術後はあまり感じなかった)、ここは回復したんだと思う。

 この若干の痺れ感を残して完治と宣言して良いか否かの判断がつかないでいる。あと、3カ月に1回であるが、ペインクリニックに行っていることも完治と出来ない要因かもしれない。PCに長時間向かう姿勢での仕事さえなければ、痺れも気にならない程度だが、やっぱりこの姿勢が頸に良くないんでしょうね。

 と、こんな感じです。しかし、近いうちに完治と宣言したい。ヘルニア仲間のみなさんも完治を信じて、頸に悪い姿勢を避け、メンタルやられないよう筋トレに精進されたし。

追悼。水木しげる先生。

 多少不謹慎な書き出しかもしれないが、普段は作家先生など一線でご活躍された方がお亡くなりになっても、「人生を全うされたんですね。」という単なる訃報としてしか感じないのだが、今日は通勤の電車の中で水木しげる先生の評を記事で読んでいると、何故か涙が溢れてきた。

 水木しげる先生の「幸福の7カ条」の第7条「目に見えない世界を信じる」という言葉は先生の人生観を表していると思います。自身の戦争体験で生死をさまよったことも影響しているのだろうが、精神世界を生きた方なんだろうなと思う。精霊崇拝とでもいうべきなんだろうか、私もそういう気持ちがあって、人生長くやっていると、どうしようもなく落ち込むときや、自分の努力ではどうにも出来ないときなど、私はふと山や川が恋しくなって、おもむろに出かけるのであるが、それは精霊たちに会いに行くとでもいう感じかもしれない。何だろう、力を抜けば力が出てくるといった、自身の驕りを反省、修正していくときに精神世界に入っていくというのは皆が経験することなんじゃないだろうか。

代表作「ゲゲゲの鬼太郎」の挿入歌は先生自らの作詞であるが、1番のサビ「おばけにゃ学校も試験も何にもない」、2番のサビ「おばけにゃ会社も仕事も何にもない」、3番のサビ「おばけは死なない、病気も何にもない」は特に印象的で、生きていることは苦である(もちろんそれだけではないことは分かっているが)と人間社会をシニカルに評しているんだろうが、子どもの頃、僕はその歌を逆に怖がっていたことを憶えている。子供だから仕方ないかもしれないけど、「人間は死んだら何処に行くんだろう。」と恐怖したこともあった(笑)。試験も勉強も仕事もないなんて、そしたら死んだらただの暗闇をさまようだけなのかなあ、なんて真剣に考えたりしたんです。

第3条は沁みました。「他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追求すべし。」そうですよね。考えを改めます。明日からも頑張ります。水木先生、どうもありがとうございました。

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