日々の雑感の最近のブログ記事

ガラスのニューヨーク旅日記

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  久しぶりにブログを更新。8月末からアメリカ本土(ボストンから入って、ニューヨークまで)に5日間滞在の旅行に行っておりました。目的はボストンでのビリージョエルのコンサート、ニューヨークではヤンキースVSレッドソックスとテニスの全米OPを観戦しました。ビリージョエルは最近、来日してくれないから、こちらから会いに行ってきました。少しおじいさんになっちゃったけど、やっぱり良かった。ピアノマンは、いつも最後でみんな大合唱となり、私は泣いてしまっている(笑)。ボストンから列車に乗って、ニューヨークへ移動、ヤンキースの試合は本場とあって熱気ムンムンで、とても臨場感溢れる良い試合であった。

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 テニスの全米OPは、有力選手が多数怪我で欠場していたから、寂しい大会にはなったけど、会場はそんなことはないほど熱気ムンムンであった。海外でのテニス人気は凄まじいものがある。フェデラーの練習を傍らで観ることが出来た。それだけでも満足。ナダルの試合もセンターコートで観ることが出来た。奈良くるみや大阪なおみの試合も間近で観ることができ、とてもエキサイティングであった。

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 市内観光はあまり出来なかったけど、ふと通りかかった「RADIO CITY」はちょっと嬉しかった。あのDAVID BOWIEの全盛期にやったZIGGYSTARDUSTLIVE会場じゃん。TIFFANYの本店は家内へのお土産のために訪れる。これはマストである。買って帰らないと機嫌が悪くなったことであろう。TIFFANYの筋向かいにLOUIS VUITTONがあって、何気に店内を歩いていると、そこで運命的な出会いをする。写真のペンケースである。私は物持ちが良いから、20年前に500円くらいで買って、ボロボロになっていたペンケースを買い替えようと思っていた矢先であった。めちゃくちゃ可愛いLOUIS VUITTONのペンケースを発見し、即購入することにした。470ドルの代物、ちと高いが、おそらく一生涯、私の仕事の傍らに寄り添うことになるペンケースとなるであろう。

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 ということで、今回はアメリカ旅日記をご紹介した。今までこんな旅をしたことがなかったが、50歳代はもっとパワフルに愉しみを見つける旅に出ようと思う今日この頃である。

宮古島へ行ってきました!

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  2回目の宮古島。今回は伊良部大橋が開通した後だったので、その先の下地島まで車で簡単に渡れたので、リーフがとても綺麗な中の島海岸に行ってきました。写真は伊良部大橋からの風景。

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体験ダイビングで初めてボンベを背負って海中遊泳の真似事をしましたが、確かに魚になった気分でした。夜は久しぶりに夫婦二人きり(子供らは部屋に置いて来て)でショットバーへ。たまには夫婦水入らずも良いもんだ(写真はその時飲んだジンライム。Bar THINKは浜松から移住して漁師をやっているマスターのお店。とてもオーセンティックな雰囲気で良かったです。浜松には縁があるなあ(笑))。

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3枚目の写真は吉野海岸。4枚目は中の島海岸。

 出発前の夜12時くらいまで仕事に追われていたので、頸の調子もそんなに良くなかったのですが、やっぱり仕事をしないで、只々海で遊ぶ毎日は頸には良い薬になりました。更に1ステージ、ランクアップした気がします。あと一週間で術後2か月になるので、軽いジョギングでも開始しようかなと思っています。

 

人生50年を記念して

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もうすぐ50歳となるわけですが、その50年の節目を祝うべく、高校時代の悪友たちと奄美大島へ9月9日から2泊3日の旅へと行ってきました。なぜ奄美大島かというと、そこに高校時代の同級生が移住しているという縁があったからである。感想から述べると、とても楽しい思い出となった。大人になってからの友人付き合いと違い、15歳から17歳という大人の真似をした毛が生えたての多感な少年の頃をともに過ごした、かつての戦友たちとの旅行は、昔話やこれからの人生についての話など、話題の尽きないとても良い機会となった。

 そんな僕たちを歓迎してくれたのは、奄美大島の郷土料理、黒糖焼酎、そして青く澄んだ海であった。奄美大島の郷土料理は、とても優しい味付けで、食べたら健康になりそうな感じだったし、お店のオバアのおもてなしがそんな郷土料理に味を添えてくれる感じがして、とても美味しかった。黒糖焼酎は、30度から40度くらいあり、毎晩ベロベロに酔っぱらってしまったのは言うまでもない。そして、青い海は説明など要らないであろう。特に感動したのは、「タイドプール(潮溜まり)」で、奄美大島の海岸(我々が滞在したのは北側)は、地形の関係からか、岩のリーフが何メートルも沖まで続いていて、そのところどころが穴ボコのように開いていて、干潮のときにその潮溜まりがプールのようになって、中に入って泳ぐと、とても良い感じに自然のプールが堪能できるというわけなのである。次回訪れたときはラグーンとまではいかなくても、そこそこの大きなタイドプールで一日中泳いでいたいなと思います。

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 今日(といっても、日本時間で真夜中の2時スタート予定)のウィンブルドンは注目の一戦である。いや、そうなってほしいと願っている。ロジャーフェデラーVSマルカスウィリスの一戦である。ロジャーフェデラーはテニス界のレジェンドであり、僕のアイドル的存在であるが、その対戦相手はなんとイギリスの無名選手(世界ランク700位台)となっているからである。興奮している理由は2つある。一つは、試合をする場所がウィンブルドンのセンターコートであるからである。ウィンブルドンはテニスの聖地であり、そのセンターコートは、この一戦のために最高の状態に管理されており、一般人がレンタルコートのように一時間いくらでなんて当然借りることは出来ないし、足を踏み入れることすら出来ないコートだからである。ランクが下位の選手は上位の選手と当たらない限り、コートに足を踏み入れられないし、上位の選手は当然シード選手だから、4回戦くらい勝ち上がらないと試合で対戦することはない。すなわち、世界ランク700位台では、生涯、足を踏み入れることすら許されないコートで一戦が行われるということになるのである。もう一つの理由は、彼のランクが世界700位台ということである。これは、テニスをやっている人でないとピンと来ないかもしれないが、まあゴルフでいうなら練習場によくいるレッスンプロといったところであろうか。私も何回か世界900位や1000位くらいの選手にレッスンを受けたことがある。世界1000位といっても、私ごときでは当然歯が立たないくらい強烈に上手いのは言うまでもないが、私が言いたいのは普通に町のテニスコートにいるテニスコーチがテニス界のレジェンドと対戦するということに興奮しているのである。そのマルカスは25歳だそうだ。テニス人生を諦めかけていたときに最後のチャンスと、ウィンブルドンの予選の推薦枠に応募し、予選を勝ち上がり、本戦の一回戦を勝ち上がったのであるが、そっと背中を押してくれたガールフレンドの存在があるらしい。ガールフレンドの一言がなかったら、今日の試合は実現しなかったかもしれない。愛の力でテニス界のレジェンドに全身全霊立ち向かっていってほしい。

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4月に雪の降るが如し

 4月に入ってろくなことがなかった。熊本の地震の惨状を目の当たりにし、他人の不幸を横目に忙しい毎日を過ごしていた矢先であった。また大好きなアーティストが天に召されて行った。あのマイケルジャクソンと並び評された希代のスーパースター、プリンスのことである。死因は明らかにされていないが、享年57歳であった。

 プリンスの音楽はいつも彼の人生を冒険たらしめるほど、刺激的で前衛的であったと思う。僕は何度も彼の音楽に勇気づけられた。僕はよくアーティストが発表する作品を自分のそのときの心情と置き換えて同化する癖があるのだが、プリンスの音楽はいつも僕を勇気づけてくれた。国家試験の受験生時代は毎日が地獄のような日々で暗闇をさまようような毎日であり、今日精一杯生きたけど、明日こそ死のうと毎日思っていたが、そんな弱気な僕を支えてくれたのがプリンスの音楽であったと思う。彼の音楽は常に挑戦であったし、あの反骨心あふれる精神性がたまらなく好きであった。よく、プリンスのファンは変わっていると言われていたが、僕もその類であろう。

 プリンスの音楽はセクシャルなパフォーマンスのダンスミュージックとカテゴライズされがちであるが、あまり皆が気づかない目立たない曲の中にこそ、彼の愛に殉じた精神性が色濃く特徴づけられた珠玉の曲が多数含まれている。最後に、僕の好きなとても美しい曲を紹介して、このセンシティブな章を終わりにしたい。

 

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以前は、春が一番好きな季節だった。

恋人たちが雨の中で抱き合う季節。

でも今は、春になるとトレイシーの涙を思い浮かべるだけ。

でも、決して痛みのために泣いていたのでなく、

愛のために涙を浮かべていたんだろうって。

 

時々、天国の夢をみることがある。

彼は、そこでもう別の友人を見つけたんだろう。

4月の雪に答えを見つけたんだね。

いつか、僕もそこでまた彼に会えるんだろうね。

 

4月に雪の降ることがある。

とてもひどい気分にさせられる。

人生が永遠に続くと願ったこともあったけど、

良いことは長くは続かないみたいなんだね。                    

イタチごっこ

   皆さんは「イタチごっこ」の意味を考えたことがありますか?最近、あることに悩まされていて、思わず辞書で調べると、「互いに同じことを繰り返し、いつまでも進展しないこと。」とあった。元々は江戸時代後期の子供の遊びが由来らしいが、そんなことはどうでも良い話で、私の場合、先月末くらいに本当のイタチと進展しないバトルを繰り返していた(悲)。

 事の発端は、イタチが私の愛車の中に巣を作ろうと夜な夜なボンネットの中に入ってマーキングをし、それだけではなく、いろいろなパーツをかじっていくのである。ネットで調べて、「忌避剤」という燻製の匂いのするものをボンネットの中に置いたり、木酢液を脱脂綿に染み込ましたものを置いたり、クレゾール液などを染み込ませたり、いろんなことを繰り返すが、1日来なくても、2日後にやって来て、またマーキングをしていくため、まったく進展しないのである。これぞ本物のイタチごっこである(悲)。どうにか打破しようと、あれこれ試すが、まったく進展がない。せっかくの愛車なのに、動物園の檻の匂いがして、とても悲しい気持ちにさせられてしまった。

 しかしながら、イタチごっこで終わらせるわけにはいかないので、鼻ではなく、目や耳を攻撃する方法に打って出た。イタチごっこ第2ラウンドである。夜行性の動物なので、明るいのを嫌うらしく、ボンネット内にLEDのパトライトを設置してみた。目に対する攻撃である。また、実際これが一番効いたかもしれないが、耳を攻撃する超音波発生装置を購入した。これは非常に有効であったかもしれない。設置以降、猫も来なくなったからである。余談であるが、この超音波装置、侵入者があると高周波を発生する仕組みになっているのであるが、一度実験したとき、息子たちが耳を抑えて、もがいていた(笑)。所詮、息子たちは小動物レベルなのだろう(笑)。ともあれ、いまのところイタチごっこは私の勝利に終わっている(嬉)。

 写真は、誇らしく我が家と愛車を見守る超音波発生装置くんである。

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さようなら DAVID BOWIE

   人はやっぱり死んでしまうんだ。今週明けに飛び込んできた彼の訃報を受けて、そうつぶやいた。本名David Robert Haywood Jones、享年69歳であった。ちなみに誕生日は1月8日なので、僕(1月9日)と一日違いであることが昔から少し嬉しかった。

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 彼との出会いは僕が中学生のころ。当時「The Game」で全米1位を獲得したロックグループQueenがベスト版をリリースするというので、喜び勇んでレコード屋に財布を握りしめ買いに行った。そのベスト盤の中に新曲が1曲含まれていたのだが、その曲がBowieとの共作「Under Pressure」だった。QueenのヴォーカルFreddie Mercuryとの掛け合いで曲を盛り上げていくのであるが、そのFreddieに負けず劣らずの存在感で、どちらかというと低音のセクシーボイスで圧倒する印象を受けた。「何者なんだ?」ここから僕のBowieの追っかけが始まってしまったのである。以来30年以上が過ぎた。

 大学時代の僕はサブカルチャーを是とする斜に構えた学生で、深夜遅くまで音楽、映画、哲学、文学など他愛もない議論をしながら、安酒を酌み交わし友人と過ごす、そんな毎日であった。その傍らでいつも流れていたのがBowieであった気がする。ロンドンへの貧乏旅行はBowieのブートレグを探すためにマニアックなレコード店巡りに終始した(笑)。Marquee Club(ライブハウス)でロンドンのロッカーたちと酒を酌み交わしたのは良い思い出である。

 長年ファンであったが、彼ほどファンを振り回した(裏切った?)アーティストはいないのではないだろうか?ファン歴の長い人には共感してもらえると思うが、「Let's Dance」は彼のキャリアの中でビッグセールスを記録するのであるが、私も含め「Let's Dance」までのファンは、ここでふるい落とされた感があったと思う。その前作「Scary Monsters」と曲調が全然違うのである。それまでもそうであった、「Hunkydory」から「Ziggy Stardust」、「diamond dogs」では彼の真骨頂のグラムロック、その後何故かソウルフルな「Young Americans」を発表したかと思うと、今度はベルリンに制作拠点を移し、シンセを駆使した環境音楽のようなベルリン三部作を発表するなど、曲調がどんどん変化していった。決定的なのは「もう過去の楽曲は演らない。」と過去の楽曲を封印すると宣言し、Tin machineなる自身のバンドを結成し、その都度昔からのファンを振るい落としていたように思う。私も例外ではなく、都度失望し、一度は離れ、またしばらくして戻ってくるといったことを繰り返していた(笑)。でも、一貫していたのはロックスターとしての妖艶な美しさであり、格好よさであったと思う。僕もそこに憧れを抱いていたと思う。やっぱり好きなんですよね。Bowieのことが、、、。

本当にお別れなんですね。寂しいです。あなたほど僕を魅了し続けたロックスターはいませんでした。

 シルエットや影が革命を見ている。もう天国の自由の階段はない。

さようなら、僕の永遠のロックスター。さようなら、David Bowie。                                                                                                                         

                                                                       

                                                                       

(やっぱり、この辺の作品が好きかなあ。連日Ipodで再生中。ジャケットが格好いい。)

         

(Bowie初心者には、この辺りがお勧め)

初めてのフルオーダースーツ

 50歳(ちなみに来年49歳)を目前にして、目標にしていた事があって、それは何かというと、テーラーでフルオーダースーツを作ってもらうことであった。憧れのゼニアのスリーピーススーツである。そして今日、それが実現したのである(嬉)。大袈裟と思われるかもしれないが、スーツなんて消耗品だし、そんなものに20万円も30万円もかけるなんて出来ないと思っていた。しかし、私の体型は特殊な体型なので、今まで体にフィットしたものをあまり着ることが出来なかったから、スーツ姿も見る人が見れば、恰好悪く映っていたかもしれない。185cmで70kgくらいなので、いわゆるノッポさん、恵まれた体型と言っていただけるが、首が細くて手足が長いから、首に合わせれば、袖が短く、手の長さに合わせれば首が苦しく、ウェストに合わせれば裾が短くと、どうしようもなかった。余談であるが、ジーンズなんて裾上げしてもらったことは一度もないし、下手すると裾が短くて購入を断念ということもあったくらいである。こんな経験から、既製服に碌な想い出がなかったのである。フルオーダーは私のために職人が作ってくれる世界に一つのものなので、初めて自分の体に合う洋服を着ることになるのであるから、今から出来上がりが楽しみである。

 採寸のとき、2人かかりでよってたかって私の体を前から後ろから横から斜めから写真を撮り、仮のスーツを着させて、メジャーで測るのであるが、2人の会話から聞き取れるのが、右肩が少し下がっているとか、左腕の方が少し長いとか、胸の形は良いとか、こむらが張っているとか、他にも色々なことを言っていたが、長年の姿勢の悪さからなのだろうが、体の筋肉の付き方で当然シンメトリーでなく、歪んでいるんだろうなというのが分かった。頸椎症を患うきっかけにこの姿勢の悪さが影響しているんだろうけど、ここ(テーラー)では、そんなことを注意しているのではなく、右肩が下がっているから、そこにパットを入れましょうとか、左腕が5mm長いから調整しましょうとか、要はスーツの着姿を洋服側で調整することだけを考えているのである。当たり前の話しなんだけど、テーラーさんは姿勢を正しなさいと言っているのではないから、余計に凹んでしまいました。

 最後に、お世辞なんだろうけど、「お客様は、洋服がとてもお似合いの体型なんですよ。」とお褒めの言葉を頂いた。この歳になって、そんな単純なお褒めの言葉を賜り、とてもうれしい気持ちになって、店をあとにするひーちゃんなのであった。(おしまい)。

追悼。水木しげる先生。

 多少不謹慎な書き出しかもしれないが、普段は作家先生など一線でご活躍された方がお亡くなりになっても、「人生を全うされたんですね。」という単なる訃報としてしか感じないのだが、今日は通勤の電車の中で水木しげる先生の評を記事で読んでいると、何故か涙が溢れてきた。

 水木しげる先生の「幸福の7カ条」の第7条「目に見えない世界を信じる」という言葉は先生の人生観を表していると思います。自身の戦争体験で生死をさまよったことも影響しているのだろうが、精神世界を生きた方なんだろうなと思う。精霊崇拝とでもいうべきなんだろうか、私もそういう気持ちがあって、人生長くやっていると、どうしようもなく落ち込むときや、自分の努力ではどうにも出来ないときなど、私はふと山や川が恋しくなって、おもむろに出かけるのであるが、それは精霊たちに会いに行くとでもいう感じかもしれない。何だろう、力を抜けば力が出てくるといった、自身の驕りを反省、修正していくときに精神世界に入っていくというのは皆が経験することなんじゃないだろうか。

代表作「ゲゲゲの鬼太郎」の挿入歌は先生自らの作詞であるが、1番のサビ「おばけにゃ学校も試験も何にもない」、2番のサビ「おばけにゃ会社も仕事も何にもない」、3番のサビ「おばけは死なない、病気も何にもない」は特に印象的で、生きていることは苦である(もちろんそれだけではないことは分かっているが)と人間社会をシニカルに評しているんだろうが、子どもの頃、僕はその歌を逆に怖がっていたことを憶えている。子供だから仕方ないかもしれないけど、「人間は死んだら何処に行くんだろう。」と恐怖したこともあった(笑)。試験も勉強も仕事もないなんて、そしたら死んだらただの暗闇をさまようだけなのかなあ、なんて真剣に考えたりしたんです。

第3条は沁みました。「他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追求すべし。」そうですよね。考えを改めます。明日からも頑張ります。水木先生、どうもありがとうございました。

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紀伊半島一周ツアー

 昨年は行けずにいたので、今年は3泊4日で紀伊半島一周ツアーを敢行した。天候には恵まれないかと思っていたが、結果的には毎日晴れて、とても良い旅行となった。

 1日目は「銚子川」、三重県を代表するといっても良いくらいの清流で、今年も銚子ブルーを堪能した。TV番組でも紹介されたことがあったが、晴れた日などにゴムボートで浮いていると、空中に浮いているような写真が撮れたりするほど水の透明度が高い。

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 2日目は「古座川」、和歌山県には他にもたくさんの清流があるが、ここは私のお気にいりの場所である。とういうことで今年も行って来ました。いつものように、泳いで、小魚釣りをして、川岸でちょっとしたBBQをして、ビールを飲んで至極の時間を過ごした。

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 3日目は、清流ではなく、白浜に立ち寄った。実はあまり好きな場所ではない(笑)。一級の観光地なんだろうが、外国人も多く居て、落ち着かないし、コストパフォーマンスは低いと思います。結構立派な温泉旅館に泊まったが、リピートはしないだろう。普段、時間に追われている毎日だから、時間がゆっくりと過ぎる田舎が好きなので、これでは旅情も感じることは出来ない。

 ということで、車での総走行距離は700kmとなり、高知県の四万十川に車で行ったのには及ばないが、結構な距離を走った今回のツアーでした。ところで、ドライブのお供に必須のアイテムがネックカラーです。頸椎症を自覚する前は、いつも旅行先で寝違いになったりして、旅行の半分くらい頸痛を我慢していたんですが、車に常備しているのが、これです(写真)。全体がネット状になっていて、夏でも風通しがよく、暑さは感じないし、運転の疲れが激減しますので、ぜひ試して欲しい。車の運転がどれだけ頸に悪いかが実感できます。高速で走っているときの頸の緊張度合いは半端ではないことが本当に実感できます。ただ、あまりに楽なので長距離運転は眠くなることがありますので、助手席の人は適時、運転手に話しかけるようにしましょう(笑)。

 今回はこの辺で。

又吉先生の作品を読んだ。

  普段あまりTVを観ないのだが、関西人ということもあり、お笑いは大好きであり、ニュース以外にたまに見るとすれば、芸人の出演している番組である。若手の芸人のなかで気になっていたのが又吉直樹氏であった。TVに出ていても、特に積極的に面白いことを言うわけではないが、彼の風貌を見ると何故か笑ってしまうのであった。どちらかというと、彼は笑わせているのではなく、笑われているのかもしれない(彼には大変失礼なのであるが)が、いじられキャラは芸人にとっては重要なキャラであることに変わりはないであろう。先頃、芥川賞を受賞した彼であるが、処女作で受賞というのは本当に才能があるのであろう。ただ、今回読ませていただいたのは「火花」ではなく、「第2図書係補佐」という作品である。書評のようなエッセイ集であるが、とても面白く読ませていただいた。また、彼のお笑いの才能は、「話し言葉」ではなく、「書き言葉」に由来するのだと改めて感じたのである。

  しばらく文学から遠ざかっていたのは、仕事柄、法律や会計などの専門書ばかり読まされるため、活字には本当に嫌気がさしていたからかもしれない。仕事上の愚痴を言うとすれば、最近の専門書の文章は英文を直訳したような変な日本語が多く、内容も難しいうえに表現が日本語的ではないので、本当に不愉快に感じていたのだが、そんな専門書とは全く違い、又吉氏の作品は思春期の頃に現実から逃避するために逃げ込んだ作品たちと同じ匂いを少し感じました。文学的、叙情的な表現があり、懐かしくも感じてしまったのである。又吉氏は作品の中で、思春期に読んだ作品でも、大人になってもう一度読み直してみると、違った印象を受けたりすると書いてあった。私も少しそういうことを期待しながら、しばらく文学青年(?)に戻ってみようと思う今日この頃なのでした。

 

自閉症スペクトラム障害(ASD)

 長男坊に付いた病名である。このことについて、書こうかどうか悩んでいたが、闘病記をブログにしようと考えた動機と同じで、この地球上のどこかで誰かに共感してもらえるならと思い、書くことを決意した。

 病気というと非常に暗いイメージがあるし、長男坊の外見からはとてもそれを窺うことは出来ない。何故なら普通にしていると、健常児と変わらない風貌だからであるし、私に似て、福山正治似のイケメンだからである(笑)。まあ、私に似ているとは言い過ぎたが、福山正治に似ているのは親のひいき目でないことを申し添えておきます。ところで、息子は社会的には精神病患者にカテゴライズされるらしい。何故、社会的には、という表現をするかというと、「身体障害者手帳」なるものを交付してもらったからである。「してもらったから」というと語弊があるかもしれないので、ここは詳しく説明を加えると、生まれつき四肢に障害がある場合など、例えば明らかに歩行が困難な場合、社会からこの人は障害があるということを認知されやすいが、息子のように精神に異常がある場合(文字にすると非常に辛いのであるが、あえてこう表現すると)、他人(社会)からはそのことを認知されにくいのである。このため、学校という社会生活を営む上で非常にハンディとなるから、放っておけばいじめられることは必至であったろうし、教師からも理解を得られなかったと思うのである。そこで、長男坊が小学校を卒業する今年の3月前に医師に診断書を書いてもらい、行政から身体障害者手帳なるものを交付してもらったのである。つまり、このような障害があることを中学校に手帳を提示して理解を求めてもらいにいったのであった。この決断が正しいかどうかは本当に分からないが、我々夫婦の決断であることに間違いはない。

 自閉症スペクトラム障害(ASD)は0.6%程度の割合で存在するらしい。1000人いると6人くらいがそうだとすると、結構な割合で存在することになる。また、程度には非常に差があって、重度になると重い知的障害を伴うことになるが、長男坊の場合、比較的症状は軽いかもしれないが、コミュニケーション能力は非常に低いし、知能指数は低いんだと思う。でも、重度の知的障害かというとそうでもないのである。要するに中途半端な状態なんだと思う。よその親御さんによっては、「うちの息子は身体障害者なんかではない。」と否定される方が多いかもしれない。我々も肯定したくなかったが、敢えてその道を選んだのである。すなわち、あくまで申告制だから、申告しなければ、障害者手帳なるものは交付されないということである。ちなみに、同じような手帳で「療育手帳」というものがある。これには該当しなかったようである。該当しなかったので、それ以上は調べなかったが、もう少し重度な症状に適用されているようである。

 身体障害者手帳なるものが届いたときは、正直辛かった。手帳の写真に収まった息子が何故か囚われの身になったような悲しい気分になった。妻は私よりきつかったと思う。女性はお腹を痛めて生んだ子だという意識があり、私よりも息子を不憫に思ったに違いない。祖母にあたる私の母は、身体障害者手帳の交付の事実を電話で伝えると、電話の向こうで泣いているのが分かった。母の夫、すなわち私の父は母と結婚をし、ちょうど私が母のお腹の中にいるときに交通事故の被害者となり、それ以来、身体障害者である。夫が身体障害者であるがゆえにその不憫さを人一倍知っているから、孫の不憫さを感じずにはいられなかったのかも知れない。

 このように告白めいて書いているが、我が家は極めて前向きで明るい家庭である。身体障害者手帳は我々からの息子への後方支援であると思っている。中学校入学の一日前、家族会議を開いた(というか、中学入学おめでとうパーティである。)のだが、その席で私は息子に向けてこう言い聞かせた。「お前は、自閉症スペクトラム障害という病気で、そのために言葉が話しづらかったりするんだけど、明日の入学式のあとの自己紹介のときに「僕は自閉症スペクトラム障害なんです。格好いいでしょ。」とギャグを言ってみたらどうか?」と。入学式の日の夕食のときに、そのように自己紹介したと息子が言ったときは本当に驚いたのである。「格好いいでしょ?」とまでは言わなかったらしいが、担任の先生から電話があり、息子が自己紹介で自分の病状を皆に伝え、理解を求めていたことに感動しましたと伝えられた。語彙力が乏しいゆえに、自閉症スペクトラム障害という言葉のネガティブさに気づいていないのだけれど、とにかく波乱含みの長男坊の中学校生活が始まったのである。

 この2カ月間は、頸椎症どころではなかった。症状はほぼ足踏み状態ですが、快方に向かっているという気はしています。とにかく、気力で完治しなければならない。学校のことや精神科とのやりとりで、この2カ月、妻には精神的負担をかけたことであろう。

私も改めて覚悟しているが、このことは妻にも言い聞かせてある。「老後は3人と思っておこう。」と。

強烈なり(T_T)、インフルエンザB型。

4年ぶりとなるインフルエンザへの感染であった。またもや息子から下請けたのであるが、この時期に感染するのはB型とよばれるインフルエンザウィルスであるらしい。しかし、人類の生命体としての歴史はこのウィルスとDNAに常に支配され続けていると言っても過言ではないであろう。DNAが生物の個体を拝借して遺伝子情報を後世へと伝えるように、ウィルスも一定の抗性を保ちながら、生物へ時折りアクセスして来るといった感じである。ちょうどその抗性を試すかの如くである。本当にやめてほしい。

 先週の水曜日に発症して1週間が過ぎたが、今回は長男坊が感染源となり、家族全滅であった。このB型なるもの、なかなかの毒性と感染力であったと思う。妻と同時に感染し、仲良く二人で寝ていたのであるが、しんどいながら感心したのは、ウィルスがもたらす正確な病状である。妻とほとんどシンクロしていて、熱の上がり方、下がり方、症状の出方など、分刻みで全く同じで、ウィルスにおもちゃにされている感じであった。本当に情けない。A型はワクチンなどで馴染みがあるけど、B型は馴染みがないせいか、イナビル投与の後も、高熱こそ出ないにしても、37度5分くらいを5日間くらいさまよっていた感じで、思いっきり体力を消耗してしまいました。皆様も油断することなかれですよ。本当に、しんどいんだから。

あの少年を悼んで

「神様、彼はそんなに優しい子ではないので、お願いだから彼を傍に置いておこうなんてことは考えないでください。」 

これは、長男坊が2歳のときに、脳神経外科のMRIの結果、「くも膜のう胞の形成による脳梁欠損症」と診断されたときのこと。大袈裟な私は、このような聞いたこともない病名で診断された我が子が死んでしまうのではないかと思い、ちょうど予定していた家族旅行先の沖縄の宿で、当時2歳の息子の寝顔を見ながら、自棄酒で泥酔状態になり、心の中で祈るように叫んだ言葉である。私にとっては初めての子供で、当時は無邪気な優しい笑顔の天使であって、こんなに優しい子供だから、神様は私から笑顔の天使を奪い、自分の傍に置いておこうとするんじゃないかと思って、そんなに優しい天使ではなく、普通の子なんですと念じていたことを憶えている。実際、長男坊は神様の傍らに連れていかれずに済んだみたいで、現在も家族の一員である(脳梁欠損症は治らないんですけどね)。

 

 川崎市の事件は痛ましい事件である。あの少年の遺族の方の胸中を察すると、子どもを持つ親として行き場のない悲しみや憤りを感じずにはいられない。マスコミ報道でしかあの少年の人となりは分からないけど、とても優しく、皆から愛された少年のようだ。神様は、優しい天使のような少年だったから、彼をこんなに早くにその傍らの天国へと連れていってしまったのだろうか。ここに少年のご冥福をお祈り申し上げたいと思います。 

文中の「神様」に宗教的な意味あいはなく、私の心の中にある偶像であることを申し添えておきます。

 「二位じゃ駄目なんですか?」なんてトンチンカンなことを言ってのけた政治家がいましたが、駄目に決まっている。初めから二位を目指している馬鹿はいないと思うからである。でも、この話は日本の科学水準を国際的に競う際の話しであり(具体的には予算どりの話しであった)、スーパーコンピュータの演算能力の世界順位である。この話が錦織君のテニスと違うのは結果として演算能力が二位になったとしても別に一対一で対決したわけではなく、そう評価されたということである。

錦織君の場合、決勝まで無敗で上り詰め、世間は騒ぎ立て、錦織銘柄という株価は上昇し、WOWOWは俄かテニスファンが殺到、マスコミは日本の誇りと騒ぎ立てる。そして、錦織君はこれらの雑音にプレッシャーを強いられ、最後に一対一の人間同士の勝負に負けて全米OPを終わることになった。そう、最後に負けて終わるのである。この状態が二位である。彼のメンタリティが正常に保てなかったのは残念なことであった。もっと良い試合が見たかったが、最低の試合であったと言わざるを得ない。別に錦織君を責めるわけでもないが、何故か腹立たしい。準決勝のあと、マスコミはジョコビッチはテニスを人生と捉え、錦織はゲームを楽しんでいると知ったようなコメントをしていたが、テニスをゲームとして楽しんでいるなら、決勝戦で緊張するはずがないし、失礼なコメントである。彼もテニスは人生のはずであり、命の燃焼のはずである。仕事を遊び半分のゲームと考えているのはマスコミの方であろう。

何故か腹立たしい。久しぶりに腹が立った。さあ、明日から気分を平常心に戻し、錦織君を引き続き応援するのだ。

祝・決勝進出(*^_^*)

 錦織選手は、ジョコビッチを左右に振り回すほど強くなったのか?とにかく、本当に凄かった。あの準決勝を象徴する場面は第3セット第3ゲームだったと思う。錦織のサービスゲームで何度も何度もブレークされそうになったゲームであったが、それをキープしたこと、これが後に影響したんじゃないかな。このセットはタイブレークまでもつれ込んだけど、あの第3ゲームをキープしたのが本当に大きかったと思います。しかし、全米OPでジョコビッチが負けるとは思っていなかったので、本当に錦織君のポテンシャルはジョコビッチを超えているかもしれない。

 もう関心は決勝戦に向いているが、対するM・チリッチはテニスファンでもあまり知らないかも知れない選手。ここしばらくはグランドスラムでもベスト16までにも入ってこなかったんじゃないかな。でも気になるのは、彼の体型。私が2年くらい前に見たときは、もっとひょろっと背の高い印象だったんだけど、すごい筋肉質に肉体改造されている気がした。それで、あのフェデラーですら寄せ付けない強烈なサーブが炸裂したのかもしれない。チリッチは準々決勝でT・ベルディヒに負けると思っていたんだけど、ベルディヒにも勝って、さらにはフェデラーにも勝つとは思ってもいませんでした。本当のことを言うと、錦織君自身も憧れていたあのフェデラーとの決勝戦で彼が勝つところを見たかったなあ。チリッチには悪いけど、これは私の願望でもあった。いずれにせよ、機は熟したのかもしれない。明日は早朝から応援しているぞ!!頑張れ、錦織(-_-)/~~~ピシー!ピシー!。

今宵は錦織君を応援する。

 とうとうやってきた。そう、決戦の土曜日がである。錦織君にとっては越えなければならない大きな壁であろう。ジョコビッチは強い。でも、そんな彼も錦織君くらいの年齢のときには何度もフェデラーの前に辛酸を嘗めていたのである。両親が応援するグランドスラムのコートで何度も悔しい思いをしたと思う。ちょうど錦織君は、あの頃のジョコビッチと同じであろう。だから一回では勝てないだろうと思う。一回で勝ったら、錦織君はジョコビッチよりもポテンシャルが高いかもしれない。いずれにせよ、今宵は彼の戦いぶりを見届けたい。幸いにも明日は日曜日であることに感謝したい。というわけで、前祝いに富山県の羽根屋の夏吟醸を賞味した。がんばれ、錦織(-_-)/~~~ピシー!ピシー!。

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 朝早くから興奮気味にテニスを観戦していたので、もうすでに今日は一日の7割くらいのエネルギーを消費してしまった。なんとなくバブリンカに勝つ気がしていたけど、やっぱり勝ってしまった。錦織君のメンタリティは称賛ものである(*^_^*)。もうあのくらいの試合になると、1秒間心が折れただけで試合を相手に持っていかれてしまうし、お互いに何度もそんなところがあった。バブリンカのサーブは好調だったし(ビッグサーブというより、コースがよい)、錦織君はファーストサーブが入らない。これは、まずいと何度も思ったけど、フルセットの末、最後はバブリンカのアンフォースドエラーにより勝負がついた。

 しかし、準決勝はさらにタフな試合になりそうである。ジョコビッチもマレーも錦織君と似たような戦い方であり、さらにショットの正確性、ここぞというときのサービスエースなど、錦織君よりも格段上の選手である。まあ、私の予想ではジョコビッチと対戦することになるだろうから(マレーの方が好きな選手なんだけど、おそらくジョコビッチには勝てないだろう。)、準決勝に勝ったら、ミラクルである。そのときは頸椎症の完治ワインを開けて彼の偉業に敬意を表したいと思っている。

 

 

次の対戦相手はS・ワウリンカ。

 昨日の興奮冷めやらぬまま、錦織君の次の対戦が気になって仕方がない。何故なら、次の対戦相手はS・ワウリンカ(スイス)だからである。テニスファンでないと知らない人も多いかもしれないけど、私の大好きな選手の一人でもある。29歳、スイス出身だから、あのフェデラーと同郷ということになる。フェデラーと言えば、もうレジェンドの域に達しているまさにキングオブテニスであり、そして私のアイドルでもある。ワウリンカはその陰に隠れて、あまり目立たなかったかも知れない。でも今年は全豪OPを制したし、凄い勢いがあるので、私もうれしい。両者ともシングルのバックハンドで、フェデラーがテニスコートで美しく華麗に舞うダンスのようなスイングに対して、ワウリンカはナダルのようなパワフルなシングルバックハンドである。この彼と対戦するのが、我らが錦織選手。もう、どちらを応援していいかわからない。でも、やっぱり錦織君に勝ってほしいかな。

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【左がフェデラー、右がワウリンカ】   【左がナダル、右がワウリンカ】

 

錦織選手、感動をありがとう。

  いやあ、、、凄い試合でした。今日は朝からこの試合があったから、仕事は全くやる気なしで、WOWOWオンデマンドで試合を視聴していた。見ている私が何度も心が折れそうになったくらいの接戦であった。4-6、7-6、5-7、7-6、6-4というほとんど引き分けのような試合で、結局はメンタルで錦織君が勝利を引っ張った感じがあった。ストロークのラリーに持ち込んだら、錦織君が有利だったけど、ラオニッチのビッグサーブも要所要所に出ていたので、最後まで勝敗の分からない試合でした。現地時間で夜中の2時半を超える試合だったそうで、本当に錦織圭選手には感謝の言葉を述べたい。しかも、日本人では92年ぶりの全米オープンのベスト8に残ったことになる。対戦相手のラオニッチ選手も好きな選手なんだけど、錦織君が出場する以上、彼を応援するしかないもんね(*^_^*)。ラオニッチ選手もお疲れ様でした。

とにかく、感動をありがとう。さあ、こうなったら優勝目指して頑張ろう!!。

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南の楽園へ

日曜日から家族で宮古島へ行ってきました。沖縄はこれでほぼ制覇したかな。最後に残していたのが、宮古島でしたが、噂には聞いていましたが、うーん、、、楽園でした(*^_^*)。

美しく青い海と白い砂浜、照りつける太陽、日陰に入ると優しくそよぐ西風がとても心地よく、浮世の雑事を忘れて、楽園に酔いしれておりました。

 シュノーケリングでは青の洞窟を体験し、潜水してニモ(カクレクマノミ)にも会えたし、フィッシングでは70cmの魚(アオチビキ)を釣り上げ、息子たちをさしおき、童心に帰る日々でした。

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突如、父子家庭に

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 「クレイマー、クレイマー」というとても古い映画がある。仕事一筋の男があるとき、妻から三行半をたたきつけられ、幼い息子と二人の父子家庭生活に奮闘していくというストーリーは少年だった当時の私(両親も揃っている)には衝撃的に映ったことを憶えている。

 今週の日曜日から次男坊が入院することになった。ひどい下痢と発熱が2,3日続いたが、町医者は風邪の菌が腸に入った程度の診察で抗生剤の処方しかせず、このままでは駄目だと私が判断し、日曜日なので救急車まで出動していただき、救急病院に駆け込んだのである。結果、ウィルス性の腸炎と診断された(ちなみにノロやロタではなかった。)1週間の絶食を強いられ、点滴のみで命をつなぐことになった。最初の3日間は腹痛と発熱、そして下血がとまらず大変であった。現在は入院して4日目であるが、容体は安定してきている。

 こんなこともあり、妻は日中は家で家事をこなし、夜間は次男坊に付き添って病院で寝泊まりしている。朝と夜は残された長男坊と私のクレイマークレイマーな生活が突如として始まったのである。以前、ブログに書いたが、長男坊はとても無口な少年(11歳)であるが、弟の非常時ということもあり、黙々と家事をこなしてくれている。朝6時半の犬の散歩から始まり、自分で朝食を用意し、学校から戻ると、犬の散歩と風呂掃除をしてくれている。黙々とである(笑)。普段は起床が7時である私が起きる頃には犬の散歩を終えているが、私も父親としての意地があり、6時25分に起床し、長男坊を起こしている(笑)。しかし、朝食の準備をしてやれないのが辛い(別にすればよいのだが、出来ない(涙))。寒い朝に温かいものでも出してあげたいが、冷蔵庫のヨーグルトとヤクルトにコッペパンのようなものを食べて、今朝もいそいそと学校に出かけていった。(この間、黙々とである。)

 普段から子どもには母親が必要であると考えているが、こういうことになると改めてその必要性を感じさせられる。昨晩も外食であったが、普段は喜ぶはずの外食もママの料理の方が美味しいと言葉少なげに言う始末。やはり、母親が必要なのである。こういうときに父親としての無力さを感じさせられる。と、このブログを出張行きの電車の中で書いている。今日も仕事は早めに切り上げて帰宅するのだが、喜ばない外食へと出かけるしかないのか。次男坊よ早く良くなれ。

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 凄い試合であった。3セットからしか観戦出来なかったが(WOWOWオンデマンド)、仕事が全く手につかなかった(笑)。どうして観ている方が緊張してくるんだろうか?不思議だ。錦織君が試合には負けてしまったが、内容濃い試合であった。エアーKも飛びでていた。7-6、7-5、7-6なんていうのは、ほぼ互角であり、次回に期待したい。どちらも好きな選手であるけど、日本人なので錦織君に勝って欲しかったなあ。

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近くの山へハイキング

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日曜日に妻の勧めで近くの山へハイキングに出かけた。車で10分くらい走ったところに山への入り口があり、標高500mくらいの小さな山だけど登って下りて2時間くらいトレッキングした。ま、しかし運動不足なので足ががくがくしたが、主治医も鍼灸の先生もとにかく運動はした方が良いと仰るので、これからも積極的にこのようなハイキングを取り入れていこうと思う。ただ、翌日(月曜日)はやはりC5、C6-C7のリバウンド症状が少し増すので、やっぱり100%完治するまでには時間がかかるのかなと思ってしまう。この翌日のリバウンドが増す状況にマインドがしらけてしまい、やっぱりおとなしくしておこうという連続であったような気がする。

 山は少し紅葉には早い感じで、もみじがまだ青かったので、もう一回訪れてみようと思う。嵐山ほど有名な山ではないけど、それでも家族連れなどもいて賑わいをみせていて楽しい。今度は息子たちも連れていこう。

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全米オープンテニス2013(続き)

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 決勝戦のあと、すぐに表彰式にうつるんだけど、最初に準優勝だったジョコビッチが準優勝のプレートを贈呈され、そのあとスピーチを述べる。この準優勝者のスピーチにいつも泣かされることになるのが毎年のこと。昨年のウィンブルドンはフェデラーが優勝、マレーが準優勝で、そのマレーが本当に悔しそうに最初に放った言葉が「Very close(もう少しだったのに)」だった。目頭を熱くしながら述べたマレーの本当に悔しそうな横顔にジーンときて、思わず涙してしまった。まあだいたい毎年、グランドスラムでは準優勝者のコメントに泣けてくるんだけど、今年の全米オープンは違った。優勝したナダルのスピーチの言葉に感動して泣いてしまいました。

 優勝者の話の内容としては、始まりは準優勝者への賛辞の言葉であり、だいたいは月並みな表現で、あまり心に響かないんだけど、今年のナダルがジョコビッチに言った言葉はいつもと違っていた。「ノバク、君との決勝戦は特別なものだけど、僕に決勝戦であのような高度なプレーをさせるのは相手が君だからなんだよ。」正確ではないかもしれないけど、このような内容の言葉だったと思う。とてもナダルらしい飾りのない戦った相手に対するリスペクトを感じさせる素晴らしいコメントで、思わず涙してしまった。ナダルは本当に復活し、メンタル、フィジカルともにチャンピオンの風格があるなあと感じました。しばらく王者の座に君臨するかもね。来年以降にも期待したい。

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全米オープン2013の王者はナダル

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 40歳から運動不足解消という目的でテニスを始めた(いや、30歳のときにはじめたが、怪我で断念したので、正確には再開したが正しい。)。今は、頸椎症を完治すべくテニスを止めているので、楽しみはWOWOWでテニス鑑賞することくらいである。今年の全米王者はナダルであったが、決勝戦で見る第1シードのノバク・ジョコビッチと第2シードのラファエル・ナダルに凄まじい気(オーラ)を感じる。昨年の全豪オープンの決勝戦もこの二人であったが、この二人の対戦を観て、改めてテニスの奥深さを知る。

 二人の緊張感がテニス観戦をしている私にまで伝わってくるから、3Dテレビなんか要らないほどである。私もたまに草テニスでシングルス戦をすることがあるが、コートに立った時のあの孤独感には藁をもすがりたい気分にさせられる。少し大げさだけど人生そのものであるなあと感じてしまう。どれだけの応援団がいたとしても、周りで応援してくれるだけで、プレイしているのは独りであり、平均して時速150kmくらいのスピードで飛んでくるボールをさばきながら、瞬時に策を練ってウィナーを決めないといけない。しかもテニスは、自分のサービスゲームで40-0となっていたとしても、一瞬の気の緩みから相手にペースをつかまれると、ファーストサーブが入らなくなり、あれよあれよという間に40-40となり、結局ゲームを落としたりする。

 このナダルとジョコビッチの試合は、まさにそれの連続である。今年のジョコビッチはテニスに負けたというよりは精神力でナダルに負けたという感じであった。いや、あのクラスになるとテニスをしているというよりかは、メンタルなところで勝敗が決まってしまうので、テレビ観戦をしている私にも緊張感が伝わってくるのであろう。二人の対戦をまた観たい。そして、またテニスの奥深さをさらに知らされることになる。

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WOWOWで全米テニス観戦

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 テレビでテニスを観戦する場合、テレビカメラの角度にもよるのだが(ほぼ真後ろからの通常より少しローアングルが好き)、女子はあまり迫力がないので、ほとんど見ない。ただ、予選上がりの選手が出る場合のみ観戦することにしている。一昨日は、久しぶりにテレビで凄まじい試合を見た。3回戦、C・ジョルジVSウォズニアッキである。どちらを応援したかというと、カミラ・ジョルジという選手である。対戦相手のウォズニアッキといえば、元女王であり、どんな試合をするのかと思っていたし、1セット目はウォズニアッキがとったから、やっぱり元女王は強いなあと思っていたら、そこから2セット連取して、ジョルジが勝ったのである。久しぶりに良い試合を観た。

 ものすごいハードヒッターであったし、とても度胸が据わっている感じがした。私も見習わなければいけないと思った。しかも美しい選手であった。個人的にはシャラポワより美人と思う。そんなことはどうでもよいが、彼女のファンになってしまった。現在は世界ランキングは136位だけど、30位くらいまではいくんじゃないかな。いや、いって欲しいな。がんばれC・ジョルジ、遠く大阪から応援しているぞ。

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家族で古座川へ

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 一年の楽しみのひとつは家族で川遊びに行くことである。清流マニアとでも言うべきか、清流が大好きだ。家族旅行も長男坊が中学校にあがるまでだろうが、それまでは毎年続けたいと思っている。今年は持病の頸椎症の手術を受け、術後の後遺症とでもいうべきか、左腕に若干の痺れが残っており、家族には今年は諦めるように伝えていたが、その痺れが術後一カ月くらいで少し和らいだので、急に気分が高揚し、急遽行くことに決まり、先週末に行ってきたのである。

 高知県四万十川の支流、奈良県天川、十津川、和歌山県では、日置川、富田川、古座川、大塔川、三重県では、宮川、銚子川など、まだまだあるが、これらの清流をベースに旅行を企画している。なかでもお気に入りは古座川である。私のソウルプレイス(魂の帰る場所)である。川釣りを楽しんで、泳いで、河原でバーベキュー、時間があっという間に過ぎていくとても楽しい時間である。

 ところで、私は「千と千尋の神隠し」を観てから、川は神様が座するところと信じている。以前からそのような気持があったが、青く澄んだ清流にとても神秘的なものを感じる。だからゴミひとつ残さず帰るようにしているし、バーベキューもコンロを使用している。しかし、心ない民が炭やペットボトル、花火の燃えカスなどを置き去りにして帰って行く。気が付いたら拾うことにしているが、いつかあいつらには神の天罰が下ると思っている。

話しを映画に戻すと、大阪人なので、あの汚れ神は道頓堀川かなあと思ってしまう。自転車が出てくるシーンがあるが、私は何回も道頓堀川から自転車が出てくるのを見ているからかもしれない。

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「風立ちぬ」を観た

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 「風立ちぬ」を観た。とても良い映画であった。美しいものは常に真実であると言わんばかりに「美しい」という言葉を口にする主人公は天才肌のエンジニア。私は天才肌ではないが、天才肌の人は常に美しいものを追い求めるんだなあと改めて実感してしまった。この映画を観ながら、少し前に観た「A Beautiful mind」という映画を思い出した。ノーベル経済学賞を受賞した数学者(経済学者)の半生を描いた映画で、狂気にも思える表現が全編にわたるが、天才とは美しいものを追い求めるがあまりに空想なのか現実なのか分からなくなってしまうという表現が似通っていた気がする。また「風立ちぬ」でもそのような表現技法が用いられている。

 主人公の求める美しさは彼の恋愛観にも及ぶが、恋愛は一人で成就できるものではなく、フィアンセの気丈な振る舞いも伴い、美しいがあまりにはかなすぎた気がする。結婚式のところは涙があふれてどうしようもなかった。

 宮崎駿作品にしては久しぶりに大人な作品と言う感じがした。映画館を出て、なぜかもう一度「A Beautiful mind」が観たくなった。

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昨夜はパーティナイト

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昨夜は、家族水入らずで私の退院パーティを開いてくれた。ささやかではあるものの至福の時を家族と共に過ごした。手前みそではあるが、自慢のオーディオシステムがあるので、我が家のカラオケはカラオケボックスなみのパフォーマンスである。ほとんど息子たちが歌っていたが、私も久しぶりに十八番を2,3曲熱唱した。左手指先の痺れ感は依然残ったままであるが、これは日にち薬と信じたいものである。退院後も時々経過報告をメールで主治医に行うことになっている。日々良い報告をしたいものである。

 ほぼ半年間好きなテニスを休んでいた。筋力も体力も低下したことであろう。とりあえず、3km程度のジョギングから始めようと、昨日はジョギングウェアを一式揃えてきた。久しぶりにテニスをして仲間からヘロヘロになるところを見せられないためである(笑)。

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今日は雨降り

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今日は雨で低気圧だから、本当なら神経根症の症状もひどく出るんだけど、今日は比較的気持ちも穏やかな感じ。午前中で仕事を終わらせ、午後からは次男坊の学校の参観に出席した。妻は最初から出席する予定だったから、私はシークレットゲストと言う感じかな。私は自分で言うのも何ですが、厳格な父親なので、私の姿を発見してからの次男坊の緊張した顔はとても可愛らしかった。妻に言わせると、いつもは手を挙げて発言などしないらしいが、今日は手を挙げて発言していた。着席するとき、誇らしげにちら見したのは言うまでもないが(笑)。

今日は一日中雨か

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梅雨時だから雨降りは仕方ないが、持病の神経痛が低気圧には非常に敏感で、悲しいことに天気予報よりも早く低気圧来襲を予測できてしまう。今日はひどい雨脚で、打ちのめされたような気分になる。

 今朝は、長男坊を叱りつけて家を出てきたから、余計に打ちのめされた感じがある。なぜか?以前、「私の闘病記」の中で書いたが、息子は先天性の「くも膜のう胞」による「脳梁欠損症」という病気?、症状?なのだ。要するに、脳の本来あるべき部分である脳梁の一部分が、くも膜のう胞のせいで欠損していると言うべきなのだろう。言語能力、運動能力、コミュニケーション能力が著しく同年代の子供より遅れている(不足している)。ちなみに息子は12歳である。こういう状態であるということは息子が1歳のときにMRI検査を行って分かっているのだが、甘やかしてはいけないと思って、つい親として叱るのだが、その後にとても言い難いが喪失感ともいうべき後悔の念が自分を襲ってくるのである。上手く表現できないが、足の悪い子に、それが生まれつきなのに、どうして上手く走れないんだと叱る感じかもしれない。

 家内と家で晩酌をしていると、必ず長男坊の話しになる。次男坊がいるから、今は4人暮らしだけど、我々の老後は3人暮らしになるからその覚悟を今からしないといけないという結論にいつも達している。でも、医学的に、あるいはリハビリ的に、何とか息子の病気?症状?を克服させてあげたいと、いつも考えている。

穴釣りというのものを体験

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昨日は、穴釣りなるものを体験した。息子たちも春休みということで、特に釣りに興味のある次男坊から再三にわたり、釣りに連れて行くよう要求されていた。ちょうど釣りが趣味の義理の弟と一緒に泉南方面へ出向いた。私はボウズだったけど、息子たちはガシラやメバルなどを釣って上機嫌で帰ってきた。テトラポットなどの隙間に糸を垂らす釣りの仕方で、地味な感じだったけど、結構大きなものも釣れて興味深かった。釣果はこんな感じ、、、。

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プロと素人の境界線

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 こういうブログを書く前に、そもそもブログ形式のホームページを作成することになるのであるが、プロバイダが提供しているものは、プロバイダの宣伝が載っていたり、機能に制限が入っていたり、使用目的が制限されていたり、何かとうるさく、私に言わせると自由度が小さい。そういうときは、素人ながら自分で作成しようとトライしてみるのが私の性分である。このブログも1日がかりで作成したが、それでも1日で完成させた。Movable type Open Sourceというフリーウェアを用いるのであるが、特に特別な知識は必要なく、ネットでかき集めた情報と諦めないという根性で作成した。素人技なので、プロのような洗練さはないが、これで十分である。

 ネット社会は情報などが足を運ばなくても簡単に手に入る世の中である。私自身、専門職で生計を立てているが、専門職であるがゆえに聖域とされている部分もあるが、それ以外のところは特に素人技でも構わない部分もある(すべてではなく、違法ということになるのであろうが)。便利な世の中のツールを享受しながら、戦々恐々とする毎日でもある。

今度はいつまで続くのだろう

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数年前にweblogを略して「ブログ」というブームの時に始めたブログだったけど、ネタ切れというか、日記も続かなかった性分なのに、それがWebになっただけで続くはずがなかった。今は、twitterfacebookなども登場し、個人の自己表現方法も様変わりしたけど、敢えて、またこのブログにこだわってみようと決意した。今度はいつまで続くだろう。少なくとも三日に一回、いや一週間に一回はログインするよう心がけたい。と自分に言い聞かせてみる。

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