頸椎症性神経根症(総括編②)「手術法について PLDD編」

理不尽な話だと思うが、患者は手術法を選択できるわけではない。がしかし、医師(ないし病院)を選ぶということで間接的には選択できるし、私はそういう意思決定をして、現在に至っている。今回からは、最終的に選択した手術法に至る過程を述べていきたいと思う。
 今年の1月中旬に、C6-C7の神経根症がひどくなってきたので、HPでどのような外科的処置があるのかを検索する毎日が始まったのであるが、まず最初に目に飛び込んできたのは「PLDD」という手術法であった。ご承知のことと思いますが、PLDDは低侵襲で日帰りという謳い文句であったため、私の選択肢にまず入ってきた。PLDDを専門に行っているクリニックや大学病院など計5件くらいに問い合わせたが、大学病院は主に腰椎ヘルニアに適用しているところが大半であったこと、開業クリニックは50万円~100万円くらいと高額な医療費であったため(もちろん自由診療)、頸椎適用で、かつ30万円くらいまでと検索していると京都市内の開業クリニックで該当したため、1月末にその先生に診てもらったのが本当の最初の診断であった。この先生、「診断の結果、あなたの症状にPLDDは効果がない。」とばっさりであった。「え?」と思ったが、PLDDは突出した軟骨の核をレーザーで照射してヘルニアの外へと向かう圧力を下げることで間接的に小さくするというもので、歴の長いヘルニアや骨棘などには効果がないという説明であった。今から考えれば、この先生は良心的であったと振り返る。なぜなら、知識のない私にとりあえず施術しても分からなかったのではないかと思うからである。「それでは?」という私の問いに、「あなたの場合は、ヘルニアないし骨棘もかなり大きいから、前方除圧固定術ないし後方椎間孔拡大術が適用されるべきでしょう。」とお答えになった。「分かりました。検討してみます。」とだけ伝え、この病院を後にした。その後、この病院には行っていない。なぜなら、頸椎専門の有名な先生ではあったが、個人開業のクリニックで手術や入院をするのはホスピタリティが低いと本能的に判断したからであった。また、私自身その手術法がどんなものであるか、頭で理解するまでは絶対に意思決定できないタイプであったからでもある。PLDDについては、私は以下のHPを参考に情報収集をした。参考にされたし。

http://www.tsuikanban-hernia.com/about-pldd.html

頸椎症性神経根症(総括編①)「術前と術後の画像比較」

今回から何回かにわたって、私の闘病記を総括していきたいと思います。もちろん、まだ症状は残っているわけで、闘病記は完全に終わったわけではありませんが、とりあえず西洋医学による外科的な処置はすべてやり尽くしたと思っております。「不幸にも後悔する事態となっても、やらないで後悔するより、やって後悔したほうが少しまし。」が私の生活信条でございまして、まずは、この6カ月で意思決定したことに対する悔いは全くありませんことを申し添えておきます。また、このようなブログで自分の闘病記を記録しようと思ったのは、私と同じような症状で思い悩んでいる方々に少しでも参考になったらという思いからです。私の闘病記がそのような方々の参考になってくれればと思っております。
 下に3D-CTによる術前と術後の写真を掲載しました。術前のC6-C7(水色箇所)にほとんど隙間のないことが窺えるかと思います。これに対して術後のC6-C7は綺麗に隙間ができ、神経根症が根治したことが窺える画像となっております。実際、自覚症状としてもC6-C7の症状は全くなくなりました。

 次に術前のC5-C6(オレンジ色)ですが、ちょっとだけ骨棘が出ているのがわかりますでしょうか?これが、私がついでに切除しておいてと言った箇所なんですが、術後のC5-C6ではこの部分もなくなっているのが窺えます。ただ、不幸にも現在残っている症状は、この骨棘が災いしているのかどうかは不明となってしまいました。というのも、1回目の手術の姿勢からC5-C6間に椎間板ヘルニアが発生したことを主治医から伝えられたからです。1回目から2回目の手術のインターバルはわずか2週間くらいの間だったので、このヘルニア(軟骨突出)だけが原因ではないかも知れませんが、とりあえず現在も残る症状はC5-C6ということになりました。
 神経根症の診断の難しさを主治医は常に口にされていましたが、高位診断と画像診断のコラボレーションは医師の経験にも左右されますが、患者側の表現力も重要のようです。「痺れている」「腫れている」「麻痺している」は微妙に使い分けないといけないし、特にどの部分がどうすればどのような症状になるかを面倒くさがらずに多彩なボキャブラリーで表現することの重要性を感じたこの6カ月でした。

昨夜はパーティナイト

昨夜は、家族水入らずで私の退院パーティを開いてくれた。ささやかではあるものの至福の時を家族と共に過ごした。手前みそではあるが、自慢のオーディオシステムがあるので、我が家のカラオケはカラオケボックスなみのパフォーマンスである。ほとんど息子たちが歌っていたが、私も久しぶりに十八番を2,3曲熱唱した。左手指先の痺れ感は依然残ったままであるが、これは日にち薬と信じたいものである。退院後も時々経過報告をメールで主治医に行うことになっている。日々良い報告をしたいものである。
 ほぼ半年間好きなテニスを休んでいた。筋力も体力も低下したことであろう。とりあえず、3km程度のジョギングから始めようと、昨日はジョギングウェアを一式揃えてきた。久しぶりにテニスをして仲間からヘロヘロになるところを見せられないためである(笑)。

明日退院。(退院前夜)

さきほど、部屋でぼうっとしていたら主治医先生が来られて、「手術のDVD見ますか?」と仰ったので、主治医の説明付きで2回目手術の上映会を開催していただいた。一生懸命説明いただくのであるが、頸がどの方向を向いているのかもさっぱり分からず、とにかくダイヤモンドドリルで骨棘を削っているところです、というのだけわかったのでそれだけは画面の写真を撮ってみた。下の写真がそうである。顕微鏡下による手術といっても、どこに何があるか当然のことながら知っていないといけないし、色々な箇所の専門用語が飛び交い、全く理解できなかった。最後はC5-C6の骨棘に絡みついた椎間
板ヘルニアの軟骨をピンセットで取り出すシーンがあったが、私には骨付きカルビにしか見えなかった(笑)。3D-CTやMRIのコピーもいただいた。この主治医先生は患者は知る権利があるというポリシーのもと、こういうことをオープンにして下さるので、とても私には合っていると思うし、信頼できるフランクな先生であると思っている。約一時間の上映会を今終えて、このブログを書いている。明日は朝6時半に病院を出発することにした。早く家族の待つ家に帰りたいという気持ちでいっぱいである。治ったら、行けずにいた魚釣りやザリガニ釣り、外食など家族サービスをしてあげたいと思っている。
 ということで、私の闘病記のうち、現場での体験記はこれで終わりになります。というか、終わりにしたいと思っている。このあとは、総括的なことをブログにまとめ、闘病記は本当に終わりにしたいと考えている。

2回目手術(3日後)

今日は本当は退院予定日だった。ただ金曜日だし、もう一日いても良いかなと思い、退院を明日の土曜日にしてくださいと申し出た。体調は良好である。気道確保のドレンの抜去箇所もようやくましになってきた。何度も書いているが、手術の創部よりこの方がずうっと不快感がある。全身麻酔の手術を予定されている方はこの覚悟は必要かもしれない。ただ、胃カメラがあまり気にならない人や、これを何度も経験されている方などは比較的楽かもしれない。
 神経根症の症状はというと、左人差指と親指の先の痺れは依然としてすっきりしない。しかし、これは15年来の症状ではなく、あくまで一回目の手術の姿勢によって発症した症状(おそらくヘルニアの突出によるもの)なので、早い修復を期待したい。今日、このあと主治医から退院後の説明と、現状説明がある。そのときに、前回のC6-C7の手術の姿勢でヘルニアが突出したところの話しをもう少し詳しく聞きたいと思っている。わずか4時間の姿勢でヘルニアが飛び出すのは、仮死状態だからよほど無理な姿勢で臨んだのが原因なのか、それともちょっとしたことでヘルニアが突出する体質なのか、後者だ
とすれば、今後の生活の仕方も考え直さないといけない事態である。好きなテニスも制限されなければならないかも知れない。
 それと、駄目もとでお願いしたんですが、退院の際にいままでのMRIや3D-CTやひょっとしたら手術時を撮影したDVDもいただけるかもしれない。3D-CTなどは術前と術後を比較して、皆さんに披露してみたいと思っている。私はすでに画像で見たが、椎間孔がきれいに開いているのが分かる。
【以下は、主治医先生からいただいたプリントアウトした術後の3D-CTの画像】

手術直後(番外編)

今回は、手術中の麻酔があまり多くなかったのか、術後すぐに目が醒めたので、我慢しなくて済むはずの術後の痛さまで味わってしまったのだが、主治医が手術中はじっとしていたから、十分寝返りなどしてもらって結構ですと仰っていた。部屋に一人きりになったときに、そうだ寝返りをうとうと思って、寝返りした瞬間、付けていた酸素マスクのバルブが根元からとれて(写真)、私の口のほうに酸素が来なくなったことがわかった。「シュー」と音がするだけで、こちらに酸素が来ない。ナースコールのボタンも見当たらず、このまま酸欠で死んでしまうのかと覚悟を決めていたら、よくよく考えたら、別に海底でアクアラングが外れたわけでもなく、普通に息が出来ることに気がついた。その瞬間から笑いがこみあげてきて、笑おうとすると今度は傷口が裂けそうなくらいの痛みが襲ってきた。もう最悪の3分間でした。家内が部屋に戻ってきて、異常に疲弊している私に驚いていたのは言うまでもない(笑)。

2回目手術(2日後)

創部は1回目に比べるとやはり痛い。1回目の傷口が治らないままに2回目を行ったんだから仕方ない。手術の最重要目的であった、C5-C6の神経根症の症状である人差指を親指の痺れは依然残ったままである。若干ましになった感じがあるが、スキッと治ったという感じではない。神経の損傷というのは誠に恐ろしいとつくづく思う。損傷した神経は治るのに時間がかかるのだそうだ。しかし、納得いかないというか、仕方ないのかもしれないが、主治医曰く、1回目のC6-C7の手術の際の姿勢からC5-C6の神経根症が発症したという説明を受けたが、骨棘の他に少しだけあった椎間板ヘルニアが
さらに飛び出したそうである。それが原因でC5-C6間の神経根を思いっきり圧迫していたそうで、今回の手術で骨棘と伴わせてヘルニアも除去したそうである。これは、術前の説明になかったことなので、開けてみないと分からないことなのか、どうなんだろう。C6-C7の様子も今回はC5-C6手術のついでに診てこられたそうですが、肉芽(にくげ)というものが骨棘を除去したあとに発生するそうで、それを掃除しておきましたと仰っておられました。人によっては、この肉芽なるものが大きすぎて、神経根を圧迫して再手術になることもあるそうです。本当に複雑な話である。
 前回の手術後の不快感は創部よりも①気道確保のドレン抜去跡②尿道バルーンの抜去跡であったが、②は手術前にもスタッフに訴えた結果、今回は全く痛くなかった。やればできるんじゃないかと思った。やはり男性諸氏はここは大げさに訴えた方が良さそうである。女性の看護師に面と向かって、「女性には分からないデリケートな箇所なので、優しくお願いします。」と目を見て訴えたのが功を奏したかたちだ。しかし、①は前回とプラスして非常に不愉快な痛みがいまだにしている。お餅を喉に詰まらせた感じがずうっとある。治らないとすれば、れっきとした合併症である。全身麻酔手術に伴う合併症の紹介でした。
 ちなみに、手術後は3時間ベッドで寝ていたが、その後は普通に歩行を許可された。軽食も許可された。いま、このブログを作成しているが、普通に仕事に行けるくらいの感じである。まあ、指先の痺れと、ドレン抜去跡の痛みさえなければ、100%全快なのだが。


にくが【肉芽】
〈にくげ〉とも読む。露出した創面を観察すると,出血など液性成分の滲出につづいて痂皮(かさぶた)が形成される。この痂皮をはがしてみると,下にはザクロの実のような桃色の顆粒状の盛上りがある。これを肉芽または肉芽組織granulationtissueという。盛んに増殖しつつある柔らかい血管に富む若い結合組織で,創面の壊死性組織を吸収し,欠損部を埋め,繊維化をおこす,創傷治癒にとってきわめて重要な組織である。

2回目手術(1日後)

 昨日は術後もほとんど眠ることが出来ず、1回目の手術後に比べると多少辛かった気がする。前回は麻酔の効きが良かったのか、術後もうとうとしていたので、術後特有のあちこちの痛さを経験せずに済んだが、今回は意識がはっきりとしていたのと、手術の興奮からかハイテンションになり、結局夜までずうっと起きていた感じである。主治医の先生からは明朝まで禁食ですが、気分が悪くなさそうなら軽食はOKと言われたので、みかんゼリーを食した。24時間ぶりの食事だったので美味しかった。その後、処方されていた薬をのみ、また例のデパスのせいで、そこから今朝(6月26日)の朝までぐっすりであった。昨日よりは、少し楽になったが、C5-C6間の神経根症による人差し指と親指の痺れ(腫れ)感はあまり改善していない。主治医からは神経が傷ついたせいだろうから、少し時間がかかると言われた。まあ、いままで15年間も患っていたんだから、1日で治るはずはないかもしれない。ただ、若干昨日よりは改善したような気がしている。明日からの改善に期待しよう。下の写真は、6月26日(手術の翌日)の写真である、相変わらず、創部はコンパクトであると思う。

2回目手術とその術後

午前8時前に病院到着。すぐに手術衣に着替え、留置点滴のセットと点滴開始。右肩には筋肉注射のようなものをされる。仮出所から収監されたような重たい気分(笑)。看護師さんに、前回の手術で気道確保のためのパイプによって、喉にパンがつまったような気持ち悪さが残っているので、優しくやってほしいと必死に訴えておいた。尿道についてはさらに強く訴えておいた。
 9時半に手術室へ、自分で歩いて行く。また、手術台の上に乗せられてから、数人のスタッフに色々な器具を付けられ、最後に麻酔科の先生から2,3個の質問をされ、その後酸素マスクを付けられ、今からまず点滴で麻酔が入っていきますというアナウンスがあった。これが結構痛かった。なんか右手の針を刺している血管が膨張してパンパンになってくるような感じがした。結構痛い。でも、痛いなあと思っていたら、次の瞬間、「◎◎さん」と呼ばれ、手術の終わりを告げられた。前回は一瞬だったので4時間という時間の経過を感じさせられなかったが、今回は長い眠りから醒めたという感覚はなぜかあった。一回目の創部をもう一度メスで切っていくんだから、前回よりは多少痛い感じがあった。病室に戻ったら、妻が待機していた。この情けない顔を写真で撮っておいて、と前回もお願いしておいたが、今回も撮っていたみたい。前回より辛そうなのが見て取れるが、はっきり、今回の方が、術後は辛かった。これを書いているのは、手術の翌日の昼まである。留置点滴もはずれ、創部の血抜きドレンもはずれたので、少し楽になった。少しだけ微熱があるみたいだけど、血圧は正常。まあ、ちょい元気がない程度の体調であり、自由に歩ける感じである。

【以下は、2回目手術を終え、病室戻った直後、眉間のしわが辛さを物語っている】

2回目手術当日

午前4時起床、と言いたいところであるが、昨夜のVAN HALENライヴのせいか、手術を控えて
か、一睡も出来なかった。気分は最低である。今、新幹線に乗っている。体温が少し低めの感じがす
る。新幹線の車内が少し寒いなあ。今から、あの手術を乗り越えられるんだろうか?とても不安になっ
てきた。前回は手術後は独りだったけど、今回は妻が一日だけ付き添ってくれることになっている。ちょっとだけ心強い。ああ、しかし、当日入院、当日手術は誰にも勧められない。しかも、手術の前にちょっとした小旅行付きである。まだ先は長い。今、午前6時36分。手術まであと3時間である。