ありがとう、VAN HALEN

ファン歴は長いのにVAN HALENのライブは初めての体験となった。ファンもGROW OLDという感じ。私と同年代(笑)。アリーナの前から10列目くらいだったので、ギターの神様が目の前で演奏をしているのが見えた。感動した。ラジカセを聞きながら、何度も練習をした、あのライトハンド奏法をハードロックギターの神様が目の前で演ってくれた。ありがとう、EDWARD VAN HALEN、ありがとう VAN HALEN。これで悔いなく明日は手術に臨めそうな気がする。
 しかし、朝潮橋駅は満員で電車に乗れず、ひとつ向こうの駅まで歩くことになった。午後九時から絶食となっていただけに、この時点でもう空腹感満点。それもそのはず、2時間のライブ中はほとんどジョギング状態に体をバタバタさせていたし、頸椎症ということも忘れ、両手を高く何度も振り上げていたので、左手の感覚がほとんどなくなってしまっている。ライブに満足感はあるも、少し後悔の念も感じられた。46歳にもなって手術の前日に何をやってるんだろう。

穏やかな週末

手術まであと2日、この週末は特に出かける気もせず、自宅でゴロゴロしていました。といっても、少々のデスクワークをこなしながら、映画をみたり、PCをいじったり、あとは、本当に最近は見なくなったテレビ番組を久しぶりに視聴したりして過ごしました。非常に穏やかな週末であった。
 少しプライベートな話から、、、長男坊は人見知りをするし、前回お話しした通り、コミュニケーション能力が低いので、何か自治体で行う「大学生と遊ぼう~」とかいうイベントなどは積極的に参加させている。まあ、本人嫌がって行かないかなあと思っていると、「行く」といって参加してくれるので、少し安心している。次男坊とは、今日はザリガニ釣りに行く約束をしていたのだが、あいにくの雨で行けず、次男坊はぐずぐずと言っていた。
 こんな穏やかな週末は久しぶりである。症状は相変わらずで、左腕の先が半分感覚がない。指の痺れがこんなに気持ちの悪いものかというくらい不快な症状である。休んでいるから、テンションはこんなものかと諦めているが、テンションは上がらないです。この状態は治さないと、精神的に廃人になってしまうかもしれないから、一定のレベルに達したら、私は保存療法より手術療法を推奨します。では、一定のレベルってどうなの?これは個人差があるけど、やはり私はこのテンションの上がらなさでしょうね。これは本当に放置しているとまずいと思います。頸椎症などは手術療法で治っても、うつ病など
は治らないでしょうからね。皆様も気をつけましょう。 あと、処方された薬についてですが、「リリカ」は効いているかどうか分からないですね。ただ一日朝夕1錠ずつ飲んでいます。「トラムセット」は今の主治医が処方してくれなかったのですが、前の主治医が処方してくれて推奨されていたので、
お昼に1錠飲んでいます。このトラムセットは私には良く効きます。疼痛や痺れというマイナスの症状からゼロに戻すのが鎮痛剤の役割ですが、あくまで私見ですが、プラスの領域にまで達するような気がしています。すなわち、少々ハイテンションになり、仕事がはかどったりします。ものすごい饒舌になったりもします。「デパス」ですが、これは本当に睡眠導入剤ですね。確実に眠りを誘いますね。最近は、痺れで夜に何回も目が覚めるので、このデパスを1錠多く飲んで寝るんですが(あくまで自己流なので、皆さんは真似しないように)、こうすると1回も目が覚めずに朝までぐっすり眠れます。さらに、朝遅く起きて、昼間に1錠飲んだら、また昼寝できたりするくらい睡眠導入剤です。


ま、こんなところです。

手術の前に何故か?VAN HALEN

手術を25日に控えている。あと4日であるが、実は6月24日にハードロックのコンサートも控えている。15歳くらいからつかず離れずのファンであったが、ライブは初めての経験なのだ。現在46歳である。本当は、ライブ当日が入院日であり、病院でおとなしくして前泊し、翌日手術というのが通常のスケジュールであろう。1回目の手術はそうであった。まさか、2回も手術するとは思ってもいなかったし、晴れて気持ち良くコンサートに臨めると思っていたのに、まさか手術の前日にハードロック?、神経根症がとうとう脳にまできたという感じかもしれない。私自身はコンサートを諦めていたのだが、主治医の先生がコンサートを楽しんできてくださいと仰るので、御厚意に甘えることにした。ということは当日入院の当日手術ということになる。まさにハードロックそのものである。

 VAN HALENの話、やっぱりデイブ・リー・ロス(少しおじいさんになったけど、声は健在)のヴォーカルによるVAN HALENが好き。高校時代にレコードで聞きまくった、あのサウンドが生で聞けるのは非常にうれしい。新作の「A Different kind of truth」に収められている「Tattoo」いう音源もエドワード・ヴァン・ヘイレンがギターを弾きまっくている感がたまらない。このアルバムを聞いて、改めてファンになった。ファンもおじさんになったんだから、VAN HALENはもっとおじさんになっている。ハードロックに対する畏敬の念すら感じるあのギターサウンドを絡めた音全体が魂を震わせてくれることだろう。ついでに神経根症も震わせることだろう(笑)。ライブに行って治ったら、手術はすっぽかそうと思っている(笑)。

今日は雨降り

今日は雨で低気圧だから、本当なら神経根症の症状もひどく出るんだけど、今日は比較的気持ちも穏や
かな感じ。午前中で仕事を終わらせ、午後からは次男坊の学校の参観に出席した。妻は最初から出席す
る予定だったから、私はシークレットゲストと言う感じかな。私は自分で言うのも何ですが、厳格な父
親なので、私の姿を発見してからの次男坊の緊張した顔はとても可愛らしかった。妻に言わせると、い
つもは手を挙げて発言などしないらしいが、今日は手を挙げて発言していた。着席するとき、誇らしげ
にちら見したのは言うまでもないが(笑)。

今日は2回目手術前の外来検診と入院オリエンテーション

早朝5時半に起床し、6時に家を出発し、主治医の待つ遠方の病院まで手術前説明と現状報告に出かけてきた。看護師さんや手術病棟スタッフなどとも顔なじみになってしまい(笑)、何か御心配はないですかという質問に、以前にもお話ししましたが、手術中に尿道に管を入れており、この抜いた後が手術後痛む(おしっこする時に沁みる)ので、優しく取り扱ってほしいと申し出ておいた。女性の看護師が乱暴に取り扱うからではないかと思う。女性には分からんのだろうが、男にとってはデリケートな部分である。女性看護師は雑な人が多い気がするなあ、と毒づいてみる。
 来週の今頃は2回目の手術も終わっているのだろう。今度こそすっきりと完治してほしいものである。

2回目手術 1週間前

今日は、特に書くことがない。ただ、手術が1週間後に控えているので、また緊張してきた。しかしながら、左腕の指先(人差し指と親指)が本当に痺れていて、疼痛がひどい。気持ちを普通に保とうと思っても、テンションが上がらない。夕方になるとイライラしてくるので、つい息子たちに八つ当たりしてしまうので、昨日から意識して夜9時くらい(息子たちが就寝したあと)に帰るようにしている。

2回目の手術日決定

2回目の手術日が決まった。平成25年6月25日である。もう、あと一週間。今度こそ根治してください、お願いします、主治医先生。1回目の手術後から疼痛と痺れがひどく、C6-C7のリバウンドと思われた症状が実はC5-C6の神経根発症だったことが分かったため、2回目の手術にトライする羽目になった。また、あの臨死体験をするのか、はっきり言って怖い。しかし、不屈の精神で根治するぞ。家族(妻)には心配をかけて申し訳ない気持ちでいっぱいです。

専門医先生、高位診断と硬膜外持続カテーテルとの複合診断というのはどうでしょう?

前回の手術でC6-C7間の骨棘は切除されたんですが、主治医の説明では手術時の姿勢でC5-C6の神経根症が発症したんじゃないかということなんです。しかし、全身麻酔というのは自分でいうのも何ですが、ほとんど死体のような状態にさせられるわけで、相当無理な姿勢をさせられていたのかなと思っています。というのも、手術後の症状はこの15年間で経験したことのない症状で、高位診断で材料とする指先の疼痛・痺れが出るほどのひどい症状だからである。ただ、15年間に発症を繰り返した頸の鞭打ち症状はなく、頸の稼働域が狭くなっているという感じはない。
 私の場合、今の主治医を含めて合計で4人の専門医に診てもらった。しかし、その全員がMRIや3D-CTなどの画像診断にミスリードされたんだなというのが私の感想である。私も専門職なので、医師側のミスリードが故意・重過失かというと、よりひどくなったわけでも半身不随になったわけでもないから、そうとも言い難い。なので、職業的専門家としての正当な注意を払ったかというと、これは払ったと言ってあげるべきなんだろう。なぜなら、C6-C7間の神経根への圧迫度合いの方が、C5-C6間の神経根への圧迫度合いの方より画像上では明らかに大きいからである。しかしながら、私の15年間の症状を総括すると、このC5-C6間の症状の方が多く生じていたと今更ながらに思われるのである。で、これと同時並行にC6-C7間の骨棘は大きくなっていたけれど、この症状は比較的穏やかであまり目立たなかったという感じである。なので、C6-C7は骨棘が大きいけれど、神経根症として発症したのは今年の1月ではなかったかと実感しています。それは、今年の1月から上腕三頭筋の委縮が顕著になってきたからである。
 では、どうすれば正解を得られたか、C5-C6間の症状が高位診断で見てとれる瞬間が手術前に一回だけありました。それは硬膜外持続カテーテルにおいて麻酔薬を注入した瞬間でした。この瞬間、左の指の人差し指と親指に痺れが出てきたんです。C5-C6の症状は頸の痛みが主で高位診断の材料となる指にまで症状が出て来なかったのですが、この瞬間(瞬間といっても半日くらい)は明らかにC5-C6の症状を疑う材料があったと言えます。でも、すぐに人差し指と親指の症状は麻酔により改善されたため、その後も材料とされることはなかったということです。

今日は一日中雨か

梅雨時だから雨降りは仕方ないが、持病の神経痛が低気圧には非常に敏感で、悲しいことに天気予報よりも早く低気圧来襲を予測できてしまう。今日はひどい雨脚で、打ちのめされたような気分になる。
 今朝は、長男坊を叱りつけて家を出てきたから、余計に打ちのめされた感じがある。なぜか?以前、「私の闘病記」の中で書いたが、息子は先天性の「くも膜のう胞」による「脳梁欠損症」という病気?、症状?なのだ。要するに、脳の本来あるべき部分である脳梁の一部分が、くも膜のう胞のせいで欠損していると言うべきなのだろう。言語能力、運動能力、コミュニケーション能力が著しく同年代の子供より遅れている(不足している)。ちなみに息子は12歳である。こういう状態であるということは息子が1歳のときにMRI検査を行って分かっているのだが、甘やかしてはいけないと思って、つい親として叱るのだが、その後にとても言い難いが喪失感ともいうべき後悔の念が自分を襲ってくるのである。上手く表現できないが、足の悪い子に、それが生まれつきなのに、どうして上手く走れないんだと叱る感じかもしれない。
 家内と家で晩酌をしていると、必ず長男坊の話しになる。次男坊がいるから、今は4人暮らしだけど、我々の老後は3人暮らしになるからその覚悟を今からしないといけないという結論にいつも達している。でも、医学的に、あるいはリハビリ的に、何とか息子の病気?症状?を克服させてあげたいと、いつも考えている。

左手の痺れ

痛みそのものは仕事がデスクワークのため、長時間同じ姿勢だから夕方ころに辛くなるが、一日を通し
てずっと痺れているのが気持ち悪い。昨日も感覚がないということを家内にプレゼンテーションする際
に、左肘のすぐ先くらいを思いっきりつねっても何の感覚もないのだ。大人の力で思いっきりつねって
いるのだけど。おかげで朝起きたらアザになってました(笑)。