さようならDAVID BOWIE

人はやっぱり死んでしまうんだ。今週明けに飛び込んできた彼の訃報を受けて、そうつぶやいた。本名David Robert Haywood Jones、享年69歳であった。ちなみに誕生日は1月8日なので、僕(1月9日)と一日違いであることが昔から少し嬉しかった。

彼との出会いは僕が中学生のころ。当時「The Game」で全米1位を獲得したロックグループQueenがベスト版をリリースするというので、喜び勇んでレコード屋に財布を握りしめ買いに行った。そのベスト盤の中に新曲が1曲含まれていたのだが、その曲がBowieとの共作「Under Pressure」だった。QueenのヴォーカルFreddie Mercuryとの掛け合いで曲を盛り上げていくのであるが、そのFreddieに負けず劣らずの存在感で、どちらかというと低音のセクシーボイスで圧倒する印象を受けた。「何者なんだ?」ここから僕のBowieの追っかけが始まってしまったのである。以来30年以上が過ぎた。
 大学時代の僕はサブカルチャーを是とする斜に構えた学生で、深夜遅くまで音楽、映画、哲学、文学など他愛もない議論をしながら、安酒を酌み交わし友人と過ごす、そんな毎日であった。その傍らでいつも流れていたのがBowieであった気がする。ロンドンへの貧乏旅行はBowieのブートレグを探すためにマニアックなレコード店巡りに終始した(笑)。MarqueeClub(ライブハウス)でロンドンのロッカーたちと酒を酌み交わしたのは良い思い出である。
 長年ファンであったが、彼ほどファンを振り回した(裏切った?)アーティストはいないのではないだろうか?ファン歴の長い人には共感してもらえると思うが、「Let’s Dance」は彼のキャリアの中でビッグセールスを記録するのであるが、私も含め「Let’s Dance」までのファンは、ここでふるい落とされた感があったと思う。その前作「Scary Monsters」と曲調が全然違うのである。それまでもそうであった、「Hunkydory」から「Ziggy Stardust」、「diamond dogs」では彼の真骨頂のグラムロック、その後何故かソウルフルな「Young Americans」を発表したかと思うと、今度はベルリンに制作拠点を移し、シンセを駆使した環境音楽のようなベルリン三部作を発表するなど、曲調がどんどん変化していった。決定的なのは「もう過去の楽曲は演らない。」と過去の楽曲を封印すると宣言し、Tin machineなる自身のバンドを結成し、その都度昔からのファンを振るい落としていたように思う。私も例外ではなく、都度失望し、一度は離れ、またしばらくして戻ってくるといったことを繰り返していた(笑)。でも、一貫していたのはロックスターとしての妖艶な美しさであり、格好よさであったと思う。僕もそこに憧れ
を抱いていたと思う。やっぱり好きなんですよね。Bowieのことが、、、。
本当にお別れなんですね。寂しいです。あなたほど僕を魅了し続けたロックスターはいませんでした。
シルエットや影が革命を見ている。もう天国の自由の階段はない。
さようなら、僕の永遠のロックスター。さようなら、David Bowie。